バウハウス

バウハウスとは1919年、ドイツのワイマールに、建築家のW・グロビウスを校長として始められた造形学校。グロビウスの考えは、芸術と産業とを結び合せ、近代社会に適応した新しい型の芸術家を育成することにあり、その目標のために、W・カンディンスキー、P・クレー、モホリ・ナギ、J・イッテンといった作家を教師として迎えました。そのためバウハウスは、ドイツ抽象美術の重要な根拠地ともないました。グロビウスの教育理念は、1925年にバウハウスがデッサウに移って以来、はっきりした形で具体化されることとなりますが、ここで考案された家具を中心とする各種の、日常品のデザインンは、量産のプロセスに適合した機能的なものであると同時に、全く新しい造形性を示すものとして、近代デザイン史の上で極めて高い位置を占めています。
右傾化する、ドイツの政情のため1932年にはデッサウを去って、ベルリンに私立バウハウスとして再出発しましたが、翌33年にはこれも開鎖されました。その後、ニュー・バウハウス、シカゴ・デザイン研究所、イリノイ工科大学デザイン科へと展開して、アメリカにおけるデザイン教育に大きな影響を与えました。また第二次大戦後のドイツでは、ウルム造形大学がかつてのバウハウスの新しい生まれかわりとして注目されました。
バウハウスの成果は現代に対しても大きな影響を与え、その流れを汲んだ人達の50年の歩みを見るために1971年二月、東京国立近代美術館でバウハウス展が開かれ、多大の反響を呼びました。

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